進化しすぎた脳

Book Column

池谷裕二著 2007.1

第一章;人間は脳の力を使いこなせていない
第二章;人間は脳の解釈から逃れられない
第三章;人間はあいまいな記憶しかもてない
第四章;人間は進化のプロセスを進化させる
第五章;僕たちはなぜ脳科学を研究するのか

読みやすさ★★★★★
エビデンス★★★★☆
リハビリ関連度★★★★☆

日々の業務お疲れ様です。

今回は進化しすぎた脳という本を紹介していきます。

この本はニューヨークの高校生と著者が脳についてディスカッションするという内容になっています。

「高校生レベルの知識層に説明して伝えることが出来なければ、その人は科学を理解しているとは言えない。」

この言葉は物理学者ファイマンの言葉です。

この本は著者にとって自分自身が脳科学を理解しているのか試す本でもあると冒頭で語られています。

私がこの本を初めて読んだのは5年ほど前ですが、3回は読み直しています。

池谷先生の本はどれも脳科学の豊富な知識が書かれていますし、何より分かりやすいです。

新人の頃の私でも内容がスーッと入ってきました。

今でも読み返すのは僕の中では教科書的な存在だからです。

普通の生理学や解剖学では得られない知識が書かれていたり、今までの考え方を180°変えさせられるような本になっています。

前置きはこれくらいにして、早速内容を見ていきましょう!



脳に対するイメージ

皆さんの脳に対するイメージはどのようなものでしょうか?

いろいろなイメージがあると思いますが、本書を読む前と後で脳に対するイメージがどのように変わるのか比較すると面白いと思います。

高校生とのディスカッションの中で取り上げられたのはアインシュタインと普通の人間で脳に差があるのか?

種によってどのような違いがあるのか?

という疑問が取り上げられています。

この疑問を解決するために様々な動物の脳が紹介されています。

大きさでいうとイルカが最も大きく、象やクジラも人間よりも大きな脳を持っています。

更に脳の皺を見てみるとやはりイルカが一番皺が多く賢そうです。

脳の皺は体表面積を増やすためにあります。

ではイルカは人間よりも賢いということになるでしょうか?

余談ですが、アインシュタインと一般人の脳は見た目はほとんど変わりありません。

皺も大きさも変わりないけど一つだけ大きな違いがありました。

それはグリア細胞の数です。

アインシュタインの脳はグリア細胞の数が異常に多かったそうです。

グリア細胞は近年、脳の主役は神経細胞ではなく、グリアがとって代わるのではないかと思うほど、注目されています。

かなり興味深い話ですが、本書の内容から逸れてしまうため、またの機会にとっておくことにします。



イルカは人間よりも賢いか?

最も大きな脳を持つものが賢いのか?

そうするとイルカは人間より賢いということになります。

でも実際はそんなことはありません。

イルカの知能は人間の3歳児程度だと言われています。

大脳皮質の構造は6層構造です。

どこの構造を見ても同じ6層構造になっています。

脳は肺や肝臓と違い、構造は同じですが、脳全体でみると役割を分担しています。

例えば視覚野、聴覚野、言語野、運動野など部位によって役割が違います。

2000年ネイチャーに発表されたある実験では視神経を視床で聴覚野につなぎ変えるという実験が行われました。

すると意外にもリワイアード(つなぎ変え)されても目は見えるということが分かりました。

正常の動物と比較すると視力は劣りますが、視覚として機能したのです。

脳はかなり柔軟に対応できるということです。

この実験は過激な例ですが、生まれつき指が4本しかなかったら脳は4本に対応する神経回路しかできません。

ということは脳地図はかなり後天的な要素ということになります。

言わば脳地図は脳では無く、体が決めているといっても過言ではないのです。

では4本指だったのを分離して5本にした場合はどうなるのでしょうか?

5本しっかり分離して動かせるようなったのです。

このように脳というのは一度地図ができたら一生そのままという訳ではなく、臨機応変にダイナミックに変化しうるということです。

この知見はリハビリテーションにおいても重要ですよね。

身体からの情報が大いに脳に影響を与えています。

そういう意味で言えば、指が6本あれば脳はそれに対応した脳に変わるはずです。

つまり生まれ持った体や環境に応じて脳は「自己組織的」に自分を作り上げていきます。

脳の構造的にはイルカの方が優れていますが、残念ながらイルカに手や指はありません。

イルカは立派な脳を持っていますが、宝の持ち腐れになってしまっています。

では人間はどうなのでしょうか?

実は人間も宝の持ち腐れになっている可能性が高いです。

1980年代のサイエンスに投稿された論文では水頭症と健常者の脳を比較しています。

水頭症の患者の症状は皆さんも学んできた通り、認知機能障害、尿失禁、歩行障害など挙げられますが、実は症状が全くないケースも多いそうです。

中にはIQ126もあり、大学の首席を獲るようなケースもありました。

このケースの場合、成人してからたまたま検査を受けて、自分が健常者の10%ほどの脳しかないと知ることになります。

しかし生活水準は周囲と全く変わりがなかったとのことです。

水頭症は頭蓋骨の中の95%が空洞という重症患者でもひどい症状が出現するのは10%に満たず、50%の人はIQ100を超えていると言われています。

このことから言えるのは人間の脳も宝の持ち腐れになっているということです。

この事実で注意するべきことは大人になってから脳の90%を削ると大きな障害が出現するということです。

初めから小さい脳として成長しているため大きな脳と同じ機能を発揮できるということです。



「心」とはなにか?

本書の最大のテーマは「心」だと私は思います。

心はどこから来るのか?自由意志とは?

その答えが本書を読み切ると理解できると思います。

著者はまず、「心」とはなんだろう?と高校生に疑問を投げかけます。

皆さんも考えてみてください。

心を理解するにはまず、心の定義をはっきりしなければならないとしています。

皆さんも知っているかもしれませんが、ここでフィネアス・ゲージの話が出てきます。

事故で前頭葉に鉄の棒が刺さってしまった患者です。

ゲージは事故前、生真面目で几帳面な性格でしたが、事故後は正反対な性格となってしましました。

そのため、前頭葉は意識や心を生み出しているのではないかと考えられています。

心の定義には意識と無意識についてしっかり解釈することも大切だと本書では語られています。

著者は意識の最低条件を

1表現の選択
2ワーキングメモリ
3可塑性と定めています。

なぜこの3つが最低条件なのか?詳細は本書を手に取ってみてくださいね。

その意識を測定するための実験を紹介します。

人を椅子に座らせてボタンを与えて好きな時に押すように指示します。

脳波をモニターしながら脳の活動を観察すると運動野が先に動き始めて、1秒ほど後に「動かそう」という意識が現れました。

これ以上単純な意識の実験は考えられませんが、そんな簡単な行動ですら無意識にスタートしているということになります。

つまり意識(自由意志)とは無意識(潜在意識)の奴隷でしかないのです。



人間はあいまいな記憶しか持てない

第3章からは記憶に関する内容になります。

記憶はなぜあいまいにしか覚えられないのでしょうか?

誰しも教科書を完璧に暗記出来たらいいなと思った事があると思います。

著者によると記憶は絶対に曖昧でなければならないとしています。

もし記憶が完璧であれば、日によって違う服装、違う髪型をしているだけでも全くの別人のように感じてしまうことになります。

だから脳は共通項を記憶する汎化という方法を選択しています。

1人の人間を覚えるにも髪型、顔、匂い、声など様々な共通項を記憶して曖昧に保存しておきます。

そうすることで髪型や服装が変わっても「ああこれは○○さんだな」とわかるようになっているのです。

ちなみに鳥などの動物は写真の様に完璧な記憶を持っているそうです。

下等な動物ほど記憶が正確で融通が利きません。

記憶が曖昧であるという事は応用という観点からみると重要なのです。

人間の臨機応変な適応力の源になっています。

この曖昧性を確保するために脳がとっている戦略は学習を遅くしていることです。

学習のスピードが速いと表面的な情報に振り回されてしまいます。

そのため学習を遅くし、物事に潜んでいるルールを確実に抽出するようにしたのです。



脳の曖昧さの原因はシナプスだった

記憶の曖昧さはシナプスを見ることでその理由が分かります。

シナプスではスパイクが来ると物質が放出されます。

しかしこれは確率的なものになります。

その確率はシナプスによって異なります。

例えば筋肉を司る運動系のシナプスは100%の確率で物質が放出されます。

大脳にあるシナプスの確率は低く、20%程度のものもあります。

この低い確率が脳の曖昧さの原因の一つです。

とにかくシナプスは曖昧なものだと思いましょう。

脳は正確無比なコンピューターに喩えられることが多いですが、実はコンピューターと比較して10の9乗ぐらい精度が悪いと言われています。

脳と言われるとすごい器官だと反射的に思う人もいるかもしれませんが、なんてことはありません。



全体として秩序が起こる事、自己組織化

自己組織化という言葉を聞いたことがありますか?

BiNIの研修に出ている人は当然知っていると思いますが、本書にも自己組織化について触れられています。

著者は釣りが好きなため、魚を例にして自己組織化を語っています。

ここでは詳細な例は省きますが、魚は群れを成すようにプログラミングされているわけではありません。

個々の魚がいくつかの習性を持ち合わせており、それが全体として秩序だって起こるのが魚の群れです。

群れが起こる原因を詳細に調べようと魚を一匹ずつ調べても何もわかりません。

しかし私たちは何か問題を解決するときに物事を分解して解明しようとします。

これを還元主義と言います。

しかし魚の群れの様に個体を調べているだけでは群れの事は理解できません。集団になると思いもよらないことが生じる可能性があります。

神経細胞も同じです。もっと複雑系を見なければ神経細胞について真に理解することはできません。

脳神経細胞だけを見るのではなく、ネットワークとして捉える必要があると著者は語ります。

2020年の現在では脳機能をネットワークで捉えることは臨床においては定着しているように思います。

でも養成校ではこのような考え方は全く教えてくれなかった気がします。

今では教えてくれるんですかね?



しびれるくらい美しいシステム‐ヘブ則

記憶は全て神経ネットワークの中に蓄えられます。

ネットワークに情報を溜め込むために重要な法則がヘブ則です。

ヘブという人が1949年に提唱した理論です。

当時は机上の空論でしたが、現在は実験で確認されています。

神経細胞AとBが同時に活動したらその2つの神経の結合力が強くなる

上記の様にヘブは予言しました。

神経が同時に活動したと観測するために重要なのがNMDA受容体です。

この受容体は例えば、A、Bの神経細胞が同時に活動して通常よりも大きな活動電位の乱れが生じたときのNaイオンを感知します。

このNMDA受容体もチャネルになっており、このチャネルはカルシウムイオンを通すようになっています。

するとグルタミン酸の受容体が増加します。

こうすることで一回スパイクが来ただけでNaイオンが大量に流入できるようになります。

これがシナプスが強化されるということになります。

このキーポイントであるNMDA受容体を無くした改造マウスを作ってみると記憶が出来なくなります。

反対にNMDA受容体を増やすと記憶力が良くなったと報告されています。

余談ですが、脳にとっての同時は数十ミリ秒差までと言われています。

Aの神経細胞が微妙に活動していてもへブ則は維持されます。

Bの神経細胞が先に活動してしまえばNMDA受容体は減少してしまいます。

学習においては常にA⇒Bの順番であることが重要です。

神経活動がランダムだった場合はプラマイゼロになるので意味がないように思いますが、神経活動の一部はランダムでないことを著者らは証明しています。

詳しくは2004年のサイエンスにて掲載された「シンファイアーチェーンと大脳皮質の歌;皮質活動の時間モジュール」を調べてみてください。



まとめ/感想

今回は第三章までの内容を紹介しました。

毎度のことですが長くなったのでこれくらいにしておきます。

いつも最後まで読んで下さりありがとうございます。

第一章から脳の基本的な事を確認しながら、第三章では自己組織化について、へブ則について触れられています。

記憶についても深く掘り下げられています。

この本を読むと脳は体や環境に左右され、シナプスは案外曖昧なんだということが分かると思います。

この本を読んだとき、何となくリハビリに活かせないかなと思っていたのですが、それを実現していたのがBiNIでした。

BiNIの研修に初めて行った時はビックリしました。

おそらくですが、BiNIを構築するうえでこの本も参考にされたのではないかと私は勝手に思っています。

そういう訳で今回は久しぶりにリハビリ関連度の高い本の紹介となりました。

エビデンス度は少し古い本なので星四つになっていますが、基本的には現在と相違ない知見だと思います。

そして講義、ディスカッション形式で書かれているので読みやすいです。

価格も安いので是非本書を読んでみてくださいね!



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