脳を司る脳

最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき

毛内 拡著 2020.12

目次
プロローグ「生きている」とはどういうことか
第一章;情報伝達の基本ニューロンのはたらき
第二章;「見えない脳のはたらき」を視る方法
第三章;脳の「すきま」が気分を決める?
第四章;脳の中を流れる「水」が掃除をしている?
第五章;脳はシナプス以外でも会話している?
第六章;頭が良いとはどういうことか?
エピローグ;「こころのはたらき」を解き明かす鍵

読みやすさ★★★★☆
エビデンス度★★★★★
リハビリ関連度★★★☆☆

今回は昨年12月に出版されたばかりの本を紹介したいと思います。

今回のテーマはニューロン以外の脳です。

最近まで脳科学の研究において重視されていたのはニューロンです。

しかし最新の研究で次々とわかってきたのがニューロン以外の働きです。

ニューロンは単純に捉えると電気を次から次へと伝えていく細胞です。

この構造は脳のどこの部位を見ても変化は無いです。

逆転の発想でニューロン以外の要素が脳の機能局在などの特異性を決定している可能性があります。

例えば間質です。

長らく人最大の器官は皮膚とされてきました。

最近になってアメリカの研究者が人体最大の器官を発見したといいます。

それが間質です。

皮膚は体重の16%であるのに対して間質は20%にも及ぶのです。

従来、間質は器官として考えられていませんでした。

間質は皮膚の下、筋肉の間など体のあらゆる「すきま」に存在しています。

コラーゲン、エラスチンという二種類のたんぱく質が形成する網状の構造で支えられています。

この間を間質液という透明な液体で満たされています。

この液体が流動し老廃物を排泄したり免疫機能をリンパ系へ運ぶ役割を担っていると考えられています。

間質の存在はもはや必要不可欠であり、器官と呼んでもいいのではないか?と研究者たちは主張しています。

ちなみに本書の中では間質を細胞外スペースと表記することもあります。

間質=細胞外スペースと解釈して間違いありません。

それでは間質についてもう少し詳しく見ていきましょう。



「すきま」に拡散する神経修飾物質

先程、紹介したように間質には物質の通り道としての役割と衝撃緩衝としての役割があります。

本書では物質の通り道としての間質を重要視しています。

間質における物質の運搬は血管やシナプスほど緻密ではありませんが、ゆっくりじわじわと広がっていきます。

間質で拡散して、脳の広範囲の活動を調整する物質を神経修飾物質と呼びます。

ノルアドレナリン、セロトニン、アセチルコリンなどの物質は重要な役割を担っています。

脳の広範囲の活動を同時に活性化するため、その働きを広範囲調整系と呼ばれています。



ノルアドレナリンの広範囲調節系

ノルアドレナリンは多くの脳機能に関与しています。

特に新奇な予期しない刺激に対して放出が促進されます。

そのため本書では脳のアラートシステムと紹介しています。

ノルアドレナリンを産生する核は脳幹の青斑核に存在します。

ヒトの青斑核では1万2千個のニューロンが存在しています。

その一つ一つが25万以上のシナプスと接触しています。

このことからノルアドレナリンが広範囲の脳機能を調整するということが分かります。

生理学的にはびっくりした時や未知の環境でノルアドレナリンが放出されます。

脳の覚醒水準を高めて注意を集中し、新奇環境に置かれたときに生じる不安やストレスなどの気分を制御しています。

さらに環境に適応するため記憶を活性化し、学習効率を高める作用を持っていると言われています。

これらの働きが異常になるとPTSDになったりADHDになったりします。

ここまでは皆さんもよく知っているノルアドレナリンの作用だと思います。

しかしノルアドレナリンは細胞外スペース(間質)に対しても作用します。

ノルアドレナリンの濃度が上昇すると細胞外スペースの体積は減少します。

反対にノルアドレナリンの濃度が減少すると細胞外スペースの体積は上昇し、間質液が流れやすくなると考えられています

セロトニンの広範囲作動系

セロトニンも重要な神経修飾物質です。

セロトニンはシナプスを形成せずに拡散性伝達によって広範囲に効果を及ぼすことで知られています。

セロトニンは本能行動を制御していて、血圧、体温、摂食行動、睡眠サイクルなどに関与しているとされています。

セロトニンが関与してるとして最も有名なのがうつ病だと思います。

パニック障害にも関与しているとされています。

実際にセロトニン(SSRI)を投与するとパニック発作の発生率が低下します。

セロトニン作動性ニューロンの核は脳幹の縫線核群に存在します。

セロトニンはノルアドレナリンと違い、ちょっとやそっとの刺激では放出量は変わらず、規則的な活動をします。

唯一活動が増加すると言われているのがリズム運動です。

これはご存じの方も多く、リハビリテーション分野でも良く応用されていると思います。

話が変わりますが、以前columnで紹介した「腸と脳」にも出てきますが、セロトニン最大の貯蔵庫は脳ではありません。

95%が腸に蓄えられています。

やはり脳腸相関は重要と言えそうです。



ドーパミンの広範囲調節系

ドーパミンはノルアドレナリンの前駆物質として知られています。

実はドーパミンも拡散性伝達によって信号を伝達する神経修飾物質の一つで運動機能、情動に関与しています。

ドーパミン作動性ニューロンは中脳黒質緻密部に存在し線条体に投射されます。

これらは運動機能に関与しています。

一方で腹側被蓋野にもドーパミン作動性ニューロンは存在しており、こちらは情動に関与しています。

いわゆる報酬系と呼ばれるやつです。

ドーパミンが作用する淡蒼球は「やる気スイッチ」と呼ばれています。

ドーパミンは長い間、統合失調症と関与が疑われていますが、いまだに仮説のままです。

また、こちらも仮説段階ですがドーパミンはセロトニンによって制御されている可能性があるとされています。

アセチルコリンの広範囲調節系

アセチルコリンは初めて同定された神経伝達物質であり、主に神経筋接合部で作用する伝達物質です。

これは教科書でも幅広く書かれています。

実は筋肉だけではなく、脳内でもアセチルコリンは働いていて大脳皮質や海馬で情報伝達をしています。

そのため記憶や学習に重要な役割をしていると考えられます。

アセチルコリン作動性ニューロンの核は前脳基底部と呼ばれる部分にある内側中隔核とマイネルト基底核です。

マイネルト基底核はアルツハイマー型認知症との関連が知られています。

内側中隔核にあるアセチルコリン作動性ニューロンは脳のペースメーカーとして働いています。

探索行動時にθ波と呼ばれる脳波が観測されますが、それは作業記憶に関連していると考えられます。

これは睡眠中に作業記憶が長期記憶に変換されていると考えられているからです。

この過程でθ波が重要な役割をしているとされています。

アセチルコリンはθ波のリズム発生に重要であることが報告されています。

マイトネル核にはノルアドレナリン作動性ニューロンが接続されており、アセチルコリンの活性化にはノルアドレナリンが関与していると考えられています。

ノルアドレナリンは内外の環境からのストレス刺激に応じて覚醒レベルを上げ、注意行動をとり、記憶を選択・強化したり情動行動を引き起こすトリガーとして働いています。

その下流のアセチルコリンは記憶、学習において重要な役割を果たしています。

しかし内側中隔核、マイネルト核を破壊してもアルツハイマー病のような劇的な障害は生じませんでした。

更なる研究が待たれます。



脳内の水

脳脊髄液は成人で130mlで一日450~500ml産生されています。

1日に3~4回入れ替わっていることになります。

脳脊髄液が入れ替わることが脳の恒常性を維持するために重要なのです。

脳の環境を一定にするために、他の臓器と比較して脳は厳重に管理されています。

皆さんもご存じだと思いますが、脳血液関門が脳内に侵入する物質を制限しています。

このシステムのおかげで、脳内のホメオスタシスを維持することができています。

もし脳血液関門が無ければ、うま味成分であるグルタミン酸を摂取するたびに、脳は過剰に興奮しててんかん発作などを引き起こしてしまいます。

ちなみにですが、最近流行っているGABAチョコレートのGABAは脳血液関門でしっかりブロックされています。

独自のシステムを作り上げている脳ですが、代謝をすることで必ず老廃物が出てきます。

この老廃物はどうやって排出されているのでしょうか?

おそらく学校では教えてくれなかったと思います。

察しが良い人はもう気づいていると思いますが、老廃物の排出をしているのが脳脊髄液と考えられています。

もう一つのスペース

脳実質以外のスペースとして先程から出てきている、間質があります。

その他にも脳室やくも膜下腔があります。

本書の中ではそれらに加えて重要なもう一つの空洞があると紹介しています。

それが血管周囲腔です。

別名ウィルヒョウ=ロビン腔と呼ばれています。

きっとウィルヒョウさんとロビンさんが見つけて自分の名前を付けたのでしょう。ややこしいですね(笑)

血管周囲腔はくも膜下腔と連絡していてこのスペースを通って脳内に脳脊髄液がやってきます。

これが間質液になって更には静脈側の血管周囲腔に吸収されて、脳脊髄液に戻されます。

この流れで老廃物を処理しているのではないかという可能性をアメリカの学者が提唱しています。

この辺の詳細ははっきりわかっていません。

ただ、ここで重要な働きをするのがアストロサイトです。

アストロサイトは脳血管の周囲に張り付いて脳血液関門を形成していますが、このアストロサイトの突起にアクアポリン4と呼ばれるたんぱく質が存在しています。

このアクアポリン4は水だけを通すことができるたんぱく質です

アクアポリンは13種類ほど発見されており、主に腎臓で重要な役割を果たしています。

アクアポリン4は動脈側の血管周囲腔から脳の中に脳脊髄液を送り込み、静脈側に間質液を送り出すための駆動力を生み出している考えられます。

つまりこのシステムが脳の老廃物を流す仕組みになっているということです。

グリアが行うリンパ的機能(リンファンテック)ということでグリンファンテック・システムと呼ばれています。

ただし、現在このシステムはまだ検証中で評価は定まっていないことに注意して下さい。

グリンファンテック・システムは古典的な脳脊髄液の流れと混同してしまっている人が研究者の中にも多く見られるみたいです。

著者によると、、、

①アストロサイトに発現しているアクアポリンが関与していること。

②単なる拡散ではなく、動脈から静脈側への積極的な流れであること。

③ノルアドレナリンに依存していること。

上記3つがグリンファンテック・システムの条件と紹介しています。

ノルアドレナリンについては2013年の実験が紹介されています。

ノルアドレナリン受容体阻害薬の投与で脳脊髄液の交換が高まるということが報告されたのです。

つまり睡眠時に脳脊髄液の交換は高まるのです。

睡眠時には細胞外スペースが広がり、覚醒時には細胞外スペースが減少する傾向になることが分かっています。

いずれにしてもまだまだ分からないことが多すぎる分野です。

グリンファンテック・システムについては賛否両論ありますが、アルツハイマー病との関連があると言われています。

また、脳卒中では脳脊髄液の流れを早期に是正することでイオンバランスを改善させるという試みもされているようです。

今後が楽しみな分野です。

皆さんもぜひ注目してみてくださいね。



ワイヤレスな情報伝達

これまでニューロンは配線によるコミュニケーションが中心として理解されてきました。

ニューロンの回路は電子回路に喩えられます。

電化製品を動かす電子回路では配線が無いところに電気信号は伝わりません。

ですが最近では非接触式でワイヤレスに充電したり、Bluetoothイヤホンなんかもあります。

実は脳の中にも細胞外スペースを電気が拡がって伝わるワイヤレス伝送のような仕組みがあるかもしれないのです。

アメリカのケース・ウェスタン・リザーヴ大学のデュランらが行った実験によると一度切断した組織を再びくっつけると、切断面を超えて電気信号が伝わりました。

組織の切断なのでミクロでみると繋がりは断たれてるはずです。

これらの事から細胞外スペースを広がるワイヤレスな仕組みがあるのではないか。とデュランらは結論付けています。

このようなシナプスを介する以外の細胞同士のコミュニケーションをエファプティクコミュニケーションと呼びます。

電気的な活動が周囲に影響を及ぼす範囲を電場と言いますが細胞外にも電場が存在し、細胞外電場と呼ばれています。

細胞外電場の役割として考えられるのが樹状突起の感受性を高めるということです。

樹状突起はθ波のような特定の周波数の電気刺激に対して大きな反応を示すと考えられています。

ニューロンの周囲の環境から電気刺激があることで感受性が高まり、より活動電位が発生しやすくなります。

ニューロンが細胞外電場に影響を与え、細胞外電場がニューロンに影響を与え、というように相互作用している可能性が考えられます。

まだまだ研究が進んでいる途中なので分からないことも多いですが、これが事実なら前回のコラムで紹介した引き込み現象に関連してきそうな気がします。

今後の展開が楽しみですね!

余談ですが、人間の脳は低周波領域の電気刺激を与えると最も電気を蓄えやすくなるようです。

なぜそうなるのか?

ここでもやはり細胞外スペースが一役買っていました。

結論を言えば細胞外スペースが縮小することで低周波の電気を蓄えやすくなります。

つまり、細胞外スペースが伸び縮みすることで低周波の細胞外電場の応答性を変化させていると考えられるのです。

これまで脳はただの生理食塩水と思われてきましたが、上記のようなより複雑な特性を持つ可能性があることを頭に入れておきたいですね。



頭が良いとはどういうことか?

少し話が変わりますが頭が良いとはどういうことなのでしょうか?

頭が良いということを言い換えれば知能が高いということになりますが、知能の定義も曖昧です。

知能指数(IQ)が高ければ頭が良いとすれば、頭が良い人の脳はどうなっているのでしょうか?

これについて調べている人が居ました。

意外にもIQが高い人の脳活動は低いということが分かりました。

つまり頭の良い人は効率的に脳を働かせることが出来るのです。

そしてIQが高い人ほど樹状突起の分岐は少ないことが分かりました。

脳の体積が大きいほど頭が良いというのは以前から言われていましたが、体積が大きいにも関わらず、神経回路はシンプルだとしたら、ニューロン以外の細胞外スペースやグリアが発達していると考えられます。

グリア細胞の事を説明するとしたらそれだけで一冊本が書けるほどなので、次回以降のcolumnで良い本を紹介できたらと思います。

グリア細胞は今までのニューロン中心主義による影響でスポットが当てられてきませんでしたが、現在は盛んに研究されています。

進化的に複雑な脳を持つ動物ほどニューロンに対するアストロサイトの比率が高いことが知られています。

中でもアインシュタインの脳はグリア細胞が通常の人の脳より遥かに多かったそうです。

どうやら頭が良いということはアストロサイトの数が多いという事になりそうです。

頭が良くなるにはアストロサイトの数を増やせばいいのです。

どうやってやるか?

ポイントはノルアドレナリンの活性化です。

ノルアドレナリンがアストロサイトを活性化するということが分かっています。

アストロサイトが活性化することでシナプス伝達の効率が良くなり、学習効率が上昇するともいわれています

ノルアドレナリンは新奇環境で放出されますが慣れてくるとアストロサイトの活性も次第に低下していきます。

そこで著者は旅行に出かけたり、道に迷うことをお勧めしています。

著者の趣味は道に迷うことだそうです。

現在の新型コロナウィルス感染症の状態を見ると旅行より道に迷う方がやりやすいと思います。(笑)

何も道に迷わなくても新しい道を散歩したり、違うルートで帰宅したり、新しいことを取り入れ続ければ良いと思います。

まとめ/感想

今回紹介した本はいかがだったでしょうか?

私達が脳を考えるときはニューロンが中心ですが、アストロサイトがシナプス伝達を助けていたり、神経伝達物質が広範囲で脳に影響を与えていたりします。

こうした今まで何となく知っていた知識を深めてくれる一冊になっていると思います。

昨年12月に出たばかりですので新しい知見が得られるのでお勧めです。

しかしまだ定説となっていない情報も多く含まれているので注意が必要です。

こういうことは知識として持っておいて、最新の情報に目を光らせておきたいですね。

私としてはグリンファンテック・システムは知らなかったですし今後も注目していきたいと思っています。

今回も長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次回は気分を変えて筋トレの本について紹介したいと思います。



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