心臓の力

Book Column

柿沼 由彦著 2015.8

目次
第一章;自律神経についてのある誤解
第二章;交感神経の絶大な力
第三章;副交感神経が秘めた力
第四章;アセチルコリンをさがして
第五章;NNCCSはなぜ宿ったのか
第六章;もう一つの大発見
第七章;死なないマウス

エビデンス度★★★☆☆
読みやすさ★★★★☆
専門性★★★★☆

お疲れ様です。

「春眠暁を覚えず。」と言いますが、とても心地の良い日が続きますね。

ちなみに私は花粉症の薬の副作用で一日中眠いです。(笑)

さて、今回は心臓についての本です。

皆さんは心臓についてどんなイメージがありますか?

生物にとって心臓は無くてはならない臓器です。

しかし例外もあります。

アメーバ、ミドリムシ、線虫やクラゲなどの動物には心臓に相当する臓器は認められていません。

こうした動物は自然界では珍しくありません。

生物にとって心臓の必要性は外的環境へのアクセスのよさによって左右されます。

そう考えると心臓が存在する理由は生物の体が大きくなったことによる物質移動距離の問題を克服するためと考えられると思います。

そんな心臓ですが、二つの神経系によって支配されています。

交感神経と副交感神経です。

常に脈打つ必要がある心臓はこれまで交感神経が主役として語られることが多かったです。

しかし、本書では副交感神経についてスポットを当てています。

厳密には副交感神経から産生されるアセチルコリンについて注目しています。

そもそも交感神経と副交感神経の名前について何か違和感を感じませんか?

副交感神経は「副」という交感神経のわき役と捉えられるような名前を付けられています。

本書を読むことで心臓について交感神経、副交感神経についてのパラダイムシフトを迫られることになると思います。

それでは詳細を見ていきましょう。



心臓の不思議

本書の冒頭では心臓の基礎知識を紹介しています。

本columnを読んで下さる皆さんはある程度は心臓の知識を持っていると思うので本書に紹介されている心臓の不思議について紹介していきます。

①骨格筋と何が違うのか

心筋は横紋筋に分類されます。

しかし、骨格筋と違い、心筋は単核細胞です。

心筋の細胞はまるで一つの物体化の様に繋がっています。

電気的にはほぼ同期しており、合胞体となっているのです。

その繋がりを作っているのがギャップ結合です。

これは重要な事なので覚えておいてください。

②なぜ筋肉痛を起こさないのか

骨格筋は普段使っていない部分を酷使すると筋肉痛を引き起こします。

それは乳酸が蓄積するためであるとされています。

しばらく休めば筋肉痛は取れます。

骨格筋では問題無いですが、心筋でいちいち痛みが出ていたらたまらないですし、ましては休むことは許されないことです。

では心筋はなぜ筋肉痛が起きないのでしょうか?

それは心筋が乳酸をエネルギー源として使用する力を持っているためと考えられています。



③心臓は癌にならないのか?

胃癌や大腸癌は良く聞きますが心臓癌はあまり聞いたことがありません。

心臓は癌にならないのでしょうか?

厳密にいえば心臓も癌になるようです。

頻度はかなり低いようです。できても大部分が良性のようです。

そして癌と呼ばず、「腫瘍」と呼ばれることが多いです。

その原因の一つとして心筋細胞は一次的に分裂するものの、その後は分裂機能を失うため異常増殖しないと考えられます。

二つ目の要因として挙げられるのは、他の細胞と異なり、酸素消費量が多く、常に活性酸素に曝されているため、その消去システムが発達していることです。

さらには心臓の内部では非常に速い血流が生じているため、転移性の癌細胞が生着しにくいことも挙げられます。

自律神経系の誤解

もう少し心臓の基礎知識についてみていきましょう。

心臓は全身の臓器へ十分な血液を送るためのポンプとしての役割を持っています。

1分間に60~90回の収縮と拡張を繰り返しています。

一日でみるとおおよそ10万回も脈打っているのです。

この脈は自分の意志で操ることはできません。

自律性を持つ臓器なのです。

そして心臓を支配する神経が自律神経です。

自律神経は交感神経と副交感神経に分類されます。

交感神経は活動が活発になったときに体内をそれに合わせて戦闘モードにするシステムです。

心拍数を上昇させて血圧を上昇させます。

副交感神経は逆に戦闘モードから安静状態にするシステムです。

心拍数を落ち着かせて血圧を低下させます。

この副交感神経ですが、その名前から後ろ向きなイメージが先行している印象です。

確かに交感神経は効果がはっきりしており、心臓においても主に働いているのは交感神経と連想されがちです。

しかしこれが大きな誤解だったのです。

副交感神経は決してなくてもよいものではなく、他には変えがたい「主」としての機能を持っています。

そこについても見ていきましょう。



副交感神経の秘めた力

本書では副交感神経が「主役」と位置付けています。

今から30年ほど前の循環器系の研究は「いかに心臓の機能を高めるか」がメインテーマでした。

そのため治療でも強心薬を用いることが主流でした。

強心薬を投与することで心機能を一時的に高めることができるのですが、その効果は一時的で、いずれ心機能は低下してしまいました。

むしろ致死性不整脈の発生が増加するとの報告もありました。

結果としては一時的に心臓の機能は改善しますが、生命予後は短くなるケースが多く観察されたのです。

心臓には予備能があり、機能低下して予備能が低下している状態で鞭を打って機能を向上させようとしても無理があるということです。

皆さんも聞いたことはありませんか?

「寿命と心拍数は反比例する。」ということを。

例えば、ネズミの心拍数は1分間に500~600回となります。

マウスの寿命は2年です。

亀の心拍数は1分間に8~25とかなり少ないです。

寿命は種類によってですが、250年以上生きた亀もいるようです。

こうした心拍数と寿命の関係をみると交感神経の興奮で心臓に負担が掛かり、寿命が縮まるということが想像できます。

では細胞レベルではどうなのでしょうか?

こんな実験が紹介されています。ラットの心臓から取り出した心筋細胞を培養し、交感神経の神経伝達物質であるノルアドレナリンを添加すると交感神経が亢進しました。

ここまでは予測できることなのですが、さらにノルアドレナリン濃度を増加させると徐々に心筋細胞の活動性は低下し、心筋細胞が死んでいってしまうことがわかりました。

このときの心筋細胞の内部状況を観察すると活性酸素の産生が明らかに増加していました。

活性酸素とは老化や寿命に深くかかわっている因子でDNAを傷つけて異常な細胞を生み出すことで、細胞の癌化の原因となっているとも考えられています。

細胞内で活性酸素が発生する仕組みはミトコンドリアによってATPが作られる過程で生じます。

酸素は生物にとって無くてはならない重要なものですが、反面、猛毒としても作用する可能性を秘めています。

それを解毒するシステムが存在します。

代表的なものとしてスーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼ、ベルオキシターゼなどの活性酸素除去酵素があります。

これだけ複数の酵素が存在していますが、少しずつ心筋細胞は活性酸素に暴露されていきます。

少しでもシステムに異常があれば暴露が顕著となりDNA損傷が引き起こされてしまいます。

もっと大きなスケールで心臓を守る、根本的なシステムがあります。

それが副交感神経です。

前述したようにマウスの心拍数は1分間に500~600です。

人間は60~90ですが、この差異を与えているのが副交感神経なのです。

言い換えれば、マウスのようなげっ歯類は副交感神経が未発達で解剖学的にはその存在こそ確認されていますが、人ほどには制御できていないと考えられています。

詳細は省きますが、人において副交感神経が優位になると消化管が活発になったりとすべてが抑制的に働くわけではありません。

生体の仕組みは安易で短絡的な思考では解決できないほど複雑で理解に苦しむことも多いですが、その場、その臓器に応じてひとつひとつ理解していくことが大切です。

副交感神経の「副」がいかに不適切かご理解いただけたでしょうか?

アセチルコリンの重要性

副交感神経が重要ということはなんとなくわかりましたが、もう少し細かく見ていきましょう。

先程、ノルアドレナリンが心筋細胞を死滅させるということを紹介しました。

ノルアドレナリンは交感神経の神経伝達物質です。

一方副交感神経の神経伝達物質はアセチルコリンです。

つまり、交感神経の暴走を抑制するブレーキはアセチルコリンということになります。

ところが、心臓の神経分布をみると交感神経終末の方が副交感神経終末よりも圧倒的に多く分布しています。

アセチルコリンがノルアドレナリンに対抗するのは困難なように思えますが、心臓にある秘策が宿っています。

それがNNCCS(a non neuronal cardiac cholinergic system)というものです。

直訳すると「非神経性心筋コリン作動系」となります。

なんだそれは?という感じですよね。

NNCCSは著者らが発見し、新概念として提唱したものです。

これについて少し見ていきたいと思います。



NNCCSとは?

著者らの研究によって発見されたのがNNCCSという新概念です。

自律神経によって支配されている心臓ですが、その分布は交感神経が圧倒的に多く、アンバランスです。

その謎を解決するシステムがNNCCSというものです。

NNCCSを分かりやすく言うと心筋細胞が自らアセチルコリンを産生することができるシステムを備えているということです。

心筋細胞は副交感神経と並ぶアセチルコリン産生細胞だったのです。

心臓は進化の過程でみずからアセチルコリンを産生する仕組みを獲得し、ノルアドレナリンに対抗していたのです。

このNNCCSですが、現在ではNNA(non neuronal ACh)という大きな概念に拡大されています。

アセチルコリンが神経以外の細胞から産生されることは以前から知られていて1980年頃から徐々に報告され始めています。

骨格筋、上皮系細胞、血管内皮細胞、リンパ球にもアセチルコリン産生能があるということが分かっています。

細胞自体がアセチルコリン産生能があるとしたら、副交感神経は何をしているのでしょうか?

もちろん副交感神経由来のアセチルコリンも重要なのですが、副交感神経はもっと重要な事をやっているのです。

それは何かというと、ポジティブフィードバックでアセチルコリンの量を制御しているというのです。

アセチルコリンが合成される過程で最も重要な酵素はアセチルコリン合成酵素ChATです。

アセチルコリンの産生能はChATの活性、増加で高まることが知られています。

著者らの研究によって心臓の副交感神経から放出されたアセチルコリンが心筋細胞によるアセチルコリンの産生を促すことが確認されています。

研究の詳細は本書をご覧になってください。

しかし、ここでまたしても疑問が生じます。

なぜ、こんなめんどくさいシステムを身体は採用したのでしょうか?

交感神経と副交感神経のバランスを5対5にすればいい話のような気がします。

そのヒントは進化の過程に隠されています。

生物に神経系がみられるようになったのは今から約4億年前になります。

それに対して細胞内でアセチルコリンを産生するシステムは30億年以上も前にバクテリアで備わっていたのです。

つまりNNCCSがあったからこそ、副交感神経の入力が少なくて済んだという解釈もできると思います。

こうしてみると生物の進化は改めてすごいなということを感じます。

NNCCSは何をしているのか?

交感神経に対抗するためにNNCCSが心臓には宿っているということは理解できたと思います。

では具体的にどのような役割があるのでしょうか?

細胞レベルでの実験で証明されたのは、細胞の酸素消費量を抑えるということです。

ミトコンドリアをターゲットとしてTCAサイクルを抑制するのです。

また、ギャップ結合に重要な役割があるということが分かっています。

ChATノックダウン細胞を作成するとギャップ結合において重要なコネキシン43の発現量が非常に少なくなってしまうのです。

細胞レベルでの実験で明らかになっていることをまとめると、、、

①ミトコンドリアによる酸化系代謝の抑制
②ギャップ結合機能の促進
③低酸素状態や活性酸素増加に対する抵抗力の強化
④活性酸素産生の抑制

ということになります。

細胞レベルでの研究以外にもマウスを使っての研究もおこなわれています。

詳細は割愛しますが、マウスにおいても心筋虚血耐性が高まることが確認されています。

NNCCSの機能によるところが大きいと考えられますが、ChATトランジェニックマウスでは血管新生の促進や心筋壁の特異的な線維化がみられ、これらも虚血耐性に関与しているのではないかということが考えられます。



NNCCSの展望

アルツハイマー型認知症の治療に用いられるドネペジルがNNCCS機能亢進効果があると本書の中では紹介されています。

ヨーロッパの学術雑誌でもアルツハイマー型認知症の患者さんを対象にした実験で心血管系の症状を抑制して予防する効果が認められています。

今後、NNCCS機能の有用性が認知されていけば、アセチルコリン産生能の活性化をターゲットとした薬剤の開発が進んでくかもしれません。

薬剤以外にもNNCCS機能を活性化する方法があります。

それは下肢の圧迫です。

残念ながらまだマウスの段階ですがNNCCS機能の亢進が認められています。

著者らは今後人での研究を進めていくとしているので、今後の進展が楽しみですね!

まとめ/感想

今回は心臓に関する本を紹介しました。

はじめてこの本を読んだときは衝撃を受けました。

「そんなこと学校で習っていない。」と思いました。

しかも強心薬が寿命を縮めてしまうなんて、、、

私は小規模の病院でリハビリをしているのですが、患者様は高齢の方が多いです。

何かしら循環器系に問題を抱えていることが多いのこのNNCCSは常に頭の片隅に入れてあります。

強心薬は使っていないか?とか心拍数はどうか?など当たり前ですが確認するようにしています。

もし、心拍数が速かったり、強心薬を使っている場合はリハビリの負荷量としてはかなり抑える必要があると私は考えています。

最近は早期離床、早期運動療法が主流ですが、時には動かさないことも必要なのかなと本書を見て学びました。

これについては少し古い本でもありますし、様々な論文が出ていると思いますので皆さんの意見も聞かせて頂けたらと思います。

そのため、エビデンス度は星三つとさせていただきました。

読みやすさはかなり読みやすいです。

内容は専門的なのですが、著者の配慮で分かりやすく解説されています。

心臓の基礎知識からの説明もされているので、医療に関わる人じゃなくても苦労せずに読むことができると思います。

1000円以下で買える安価な本なのでぜひ読んでみてくださいね!

今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました!



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